6.パネンカ先生の携帯鍵盤

携帯鍵盤
奥様からいただいたパネンカ先生の携帯鍵盤 鍵盤の上の写真は若かりし頃のパネンカ先生

 パネンカ邸が屋根裏部屋を増設する工事に入ったときのことです。物置のようになっていた屋根裏の荷物を整理していると、先生が生前、演奏活動に携帯していた鍵盤が出てきました。

 一般的にピアニストは、「マイ楽器」(つまり自分のピアノ)を持ち歩くわけにいかないですから、自分のベストに限り無く近付ける演奏をするために、会場にどんなピアノがあるのか、演奏会前に果たしてピアノに触ることができるのか、という不安がいつも付きまといます。こうした理由から、スーク・トリオなどで演奏旅行に出かけるときには、パネンカ先生はこの携帯鍵盤を必ずもって出かけ、電車の中でも指ならしをなさっていたそうです。

 スーク・トリオのチェリストであるフッフロ先生が、パネンカ先生の勤勉さにふれ、後日テレビで語られているエピソードがあります。

 「スーク・トリオの演奏旅行中のこと、長い移動の後に公演地の宿泊所に到着、みんなヘトヘトに疲れていたので、各自部屋で休息をとることになった。僕が部屋でホッとひと息していると、なにやらカタカタと音がする。『ねずみか!』と思い様子をうかがっていたら、どうもおかしい。天井からではなく、その音は隣の部屋から聞こえてくる。それに、ねずみにしては音が規則的で、粒が揃っている。隣の部屋をノックすると、音はやんだ。ホンザ(パネンカ先生)は宿泊所についてすぐ、あの携帯鍵盤で練習を始めていのだ!」

 私は、屋根裏工事のための掃除で出てきた先生の遺品である携帯鍵盤を、奥様より形見分けとしていただきました。そこで早速、背中に担げるようにオーダーメードで携帯鍵盤専用リュック式カバー(チェコ製、約2,000コルナ:8,000円位)をつくり、腕に負担をかけずに携帯して持ち歩けるようにしました。

 携帯鍵盤のケースは木製でとても丈夫にできていて、中身の鍵盤は3オクターブ分です。通常のピアノの鍵盤の数よりはるかに少ないものですが、ピアノを弾く者にとって指と鍵盤がふれているというだけでも心が落ち着きます。音は出ません。

 通常、ピアノががない状態で出番を長く待つという状況が演奏のコンディションを劣悪にします。しかし、この携帯鍵盤があると会場がどのような条件でも、コンサート前に鍵盤に触れて、先生のことが懐かしく思い出され、先生に守られているような気分になれるのです。

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