7.パネンカ先生の奥様とご一家

初ソロリサイタルでの記念撮影 先生と奥様とお孫さんのユリンカ
初ソロリサイタルでの記念撮影 先生と奥様とお孫さんのユリンカ

 

 

 チェコテレビが1996年に制作したパネンカ先生のドキュメント番組の中で、先生は
「ピアニストとしての人生を振り返ると、闘病のために演奏活動を一時的に断念しなければならないときもあったし、成功したと言い切れないものがある。しかし、一人の人間として、妻のエヴァと出逢い、ともに良い家庭を築けたこと、これは私の人生の最大の成功です。」と語っていらっしゃいます。
 長年連れ添った夫からこのような言葉をいただいたなら、それは、女性として人生最高の褒め言葉ではないでしょうか?ピアノの巨匠であるパネンカ先生が、確信をもって「人生一番の成功は家庭」と語っていらっしゃるということに、とても感動しました。
 奥様のエヴァさんは、とても知的で、明るく、ほのぼのとした方で、自然と人が周りに集まってくるタイプです。何かアクシデントが起こったり、意志の疎通がうまく行かなかい場合でも、決して悪くとらえない素晴らしさがあります。いつも、明るく優しく包み込むように人に接していらっしゃいます。
 普段からデキの悪い私は、ある時奥様に「人に対して、悪い感情を抱いてしまうということはないのですか?」と一度本音をぶつけてみたところ、「人間だもの、当然あるわよ。でもね、そういうとき、その人がこれまでにしてくれたことだけを思い出すようにしているの。」と、あっさりおっしゃって、感動したことがあります。知れば知る程、奥様の人柄に魅せられていきました。
 奥様はチェコの名門カレル大学で英語とチェコ語を専攻した才女で、御自宅で英語を教えながら、妻として、母として、祖母として、とても前向きに生きていらっしゃいます。
 先生の演奏活動の記録は、ほとんど奥様が大切にファイルにして(厚み7cmぐらいのが3冊)管理保管しています。レパートリー別に、いつどこで演奏したか、いつ録音したかなど、内容は詳細にわたっています。
 先生の録音関係を全て管理しているのは、ご次男のヴァーツラフさんで、コンピューターでデータ管理をしています。話をしていると、しばしばパネンカ先生の話題になり、ご一家は先生を常に誇りに生きていらっしゃることが伝わってきます。
 ご次男の奥様ダグマルは、フランス語がご専門で、わたしも少しの間習うことができました(怠慢な生徒だったので全然ものになっていません)。そのときには、「物々交換」として、私は歌手志望の長女ユリンカのピアノ指導を担当しました。
 奥様は、パネンカ先生が霧島国際音楽祭で日本ににいらっしゃるときは、よく同行なさっていました。そこでは、文化交流として、地元霧島の御婦人方が奥様に日本料理を教えたり、逆に奥様がチェコ料理を教えたりしていました。
 奥様はとても日本がお好きで、特に私達のメンタリティをよく御存じでした。そのため、私たち日本人がチェコでどのような感覚をもっているか、どんなことに困っていそうか、何をすると喜ぶかを容易に想像できた様です。「いわずとも察する」ことのできるチェコ人女性はほとんどいない中で、先生の奥様だけは特別でした。

 特にパネンカ先生の奥様の存在は、私の人生観を変えたといっても過言ではありません。先生の奥様は、いつも周囲を柔らかく包み込みます。妻として、母として、祖母として、教師として輝きながら、周りの人に大切にされながら生きていらっしゃる姿をみて、女性としての人生のも最も幸せな形を見る思いがしました。
 当時、私は単身で異国チェコ共和国にいて、仕事が女性の人生に与える影響、自分を置くべき場所「どこに自分の根っこ(アイデンティティー)があるのか」について真剣に考えていました(このことについてはまた別の章で書くことにします)。私は、先生の奥様に、娘のように可愛がっていただくようになって、いつしか、先生の奥様が理想の女性像と思うようになりましたが・・・・・・人間は所詮無い物ねだりなのですね、未だに足下にもおよびません。
 奥様は、パネンカ先生という偉大なピアニストをそばで支え続けてきた方なので、女性がピアニストとして生き、さらに家庭をもつことの難しさを容易に想像することができました。
 奥様は「私は、主人にピアノを習うことになって主人と出逢ったの。コンセルヴァトワールにピアノ科で行きたいと思った時期もあったわ。私がピアニストだったとしたら、絶対主人は私と結婚しなかったでしょう、家にピアニスト二人は必要無いと思っていたと思うの。女性がピアノの演奏活動と家庭を両立させるのはとても難しいと思うわ。なぜなら両方が、あまりに時間を必要とする仕事だから。私は、主人の妻として生きられたこと、二人の息子の母として生き、自分の子どもがとても立派な大人に成長してくれたこと、祖母として3人の孫にも恵まれたことを考えると、女性としてとても幸せな生き方をして来れたと思うの。祐子のことを考えると、私は複雑な思いよ。たとえピアニストとして生きられても、この先ずっと一人で生きるのはあまりに過酷ね、祐子にはパートナーを見つけて欲しいわ。だけど、ここまで積み上げてきた演奏も止めて欲しくないわ。その辺りを分かってくれる優しい方にあえるといいわね。」と、よく話して下さいました。
 奥様はパネンカ先生の演奏活動の分厚い記録をめくりながら私に見せて、今もなお恋をしている少女のような目で、先生のことをたくさん語って下さった奥様のお顔は、私の目に焼き付いています。先生はとてもお幸せだったろうなあと実感しました。私もいつかこんなパートナーシップを持てたら、と願うようになりました。
 私が現在、生涯のパートナーと思える人と出逢って結婚し、自分の心の中で家庭と仕事の折り合いをつけて幸せに生きることができるのは、奥様のおかげなのです。考えてみると、わたしはパネンカ先生ご夫妻に、一人の人間として生きるための大事なことをたくさん学びました。
 パネンカ先生には、私の磨かれていない埋もれていたわずかな才能を呼び覚ましてピアニストにしていただき、奥様には『女性としての幸せとはなにか?』という答えを自分なりに見つけられるよう導いていただきました。
 このお二人との出会いを持てたこと、そして未熟な私を受け入れて支えて下さったこと、精神の豊かさを教えて下さったことに、心から感謝しています。